チャリティーのあゆみ

24時間テレビの歴史

 放 送 日 メインテーマ
第1回 1978年8月26日・27日 寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を!
第2回 1979年8月25日・26日 寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を!
第3回 1980年8月30日・31日 カンボジア・ベトナム・ラオスの難民のために!
第4回 1981年8月22日・23日 アジア・アフリカの障害者のために!国際障害者年記念
第5回 1982年8月21日・22日 ストップ!ニッポン姥捨て時代!
第6回 1983年8月20日・21日 君の地球のボランティア!アフリカ飢餓緊急援助!
世界コミュニケーション記念
第7回 1984年8月18日・19日 この地球の未来は子どもたちのもの!
第8回 1985年8月24日・25日 アフリカ飢餓救援
第9回 1986年8月23日・24日 寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を!
そしてアジア・アフリカの飢えた子どもたちのために!
第10回 1987年8月22日・23日 SAVE THE CHILDREN
第11回 1988年8月27日・28日 君は地球のボランティア
お年寄りに在宅福祉を、障害者に社会参加を!
第12回 1989年8月26日・27日 アジア・アフリカの子どもたちに海外援助を!
第13回 1990年8月25日・26日 地球を救え!10年計画
第14回 1991年7月27日・28日 雲仙・普賢岳災害救援!寝たきりのお年寄りにお風呂カーを!
障害者に社会参加を!アジア・アフリカに海外援助を!
第15回 1992年8月29日・30日 愛の歌声は地球を救う
第16回 1993年8月21日・22日 出会い
第17回 1994年8月20日・21日 チャレンジ!
第18回 1995年8月26日・27日 もう一度、チャレンジ
第19回 1996年8月24日・25日 ONE LOVE ~つなげよう!ひとつの愛~
第20回 1997年8月23日・24日 勇気を出して
第21回 1998年8月22日・23日 いま、始めよう
第22回 1999年8月21日・22日 伝えたい・・・夢のちから!
第23回 2000年8月19日・20日 がんばる・・・君のために!
第24回 2001年8月18日・19日 家族って何?
第25回 2002年8月17日・18日 家族で笑ってますか…?
第26回 2003年8月23日・24日 あなたを一番愛する人・・・
第27回 2004年8月21日・22日 あなたの夢はみんなの夢
第28回 2005年8月27日・28日 生きる
第29回 2006年8月26日・27日 絆(キズナ) ~今、私たちにできること~
第30回 2007年8月18日・19日 人生が変わる瞬間(とき)
第31回 2008年8月30日・31日 誓い ~一番大切な約束~
第32回 2009年8月29日・30日 START! ~一歩を踏み出そう~
第33回 2010年8月28日・29日 ありがとう ~今、あの人に伝えたい~
第34回 2011年8月20日・21日 力 ~わたしは、たいせつなひとり。~
第35回 2012年8月25日・26日 未来 みらい
第36回 2013年8月24日・25日 ニッポンって?…この国のかたち
第37回 2014年8月30日・31日 小さなキセキ、大きなキセキ
第38回 2015年8月22日・23日 つなぐ ~時を超えて笑顔を~
第39回 2016年8月27日・28日 愛 ~これが私の生きる道~

海外援助の歴史

「24時間テレビ」海外援助の変遷 第3回、アジア・アフリカ難民に対する支援から始まった海外援助は、現地の状況が変化するにつれ、緊急支援から復興、開発援助へと、その取り組み方も大きく変わっていきました。
援助とは決して一方的に与えるものではなく、活動を通して共に考える場をつくっていくこと。そして最終的には、住民自らの手で健全な生活を送ることができるようになることが大切。
こうした精神のもと、これまでに20か国以上の国々で活動を行ってきました。

世界地図 エチオピア ケニア ルワンダ、ウガンダ ザイール(現在のコンゴ) モザンビーク 南アフリカ アフガニスタン インド ネパール バングラデシュ タイ カンボジア ベトナム フィリピン 中国 韓国

アフリカ

エチオピア

エチオピア エチオピア

内戦のため大量の難民が発生。また、重ねて襲った大干ばつによる飢餓が深刻となり、そのニュースは世界中に伝えられました。この飢餓にあえぐ人々を支援するため、医師・看護士を派遣、ウォロ州シリンカに救援センターを設置し、被災民の治療および給食活動に従事しました。また、小麦の配給、給水車により飲料水供給活動を行いました。その後、緊急段階を脱したクラマソでは、復興プロジェクトを開始、無医村につくられた診療所を中心に、ヘルスワーカーの育成、予防接種などを実施しました。農業分野では、植林・土壌保全、野菜の普及事業を行い、さらに、地理的に孤立していたこの地に、医薬品・資材の運搬ができるよう、農民参加により33kmにわたる自動車道路を建設しました。

ケニア

スラムの生活向上のため、浄水器、医療品、文具などを贈呈しました。

ルワンダ、ウガンダ

ルワンダ、ウガンダ

ウガンダを追われた難民キャンプへの支援として、物資輸送用トラック、ジープ、救急車などを贈呈、合わせて子供のための栄養剤、洋服なども贈りました。

ザイール(現在のコンゴ)

ザイール(現在のコンゴ)

栄養失調児の救済のため、薬品、栄養剤、医療器具などを贈りました。

モザンビーク

エチオピアと同様、干ばつによる飢餓に襲われた人々に食糧援助、医薬品を贈りました。

南アフリカ

黒人居住区内のクリニックに医薬品を贈呈しました。

アジア

アフガニスタン

アフガニスタン

20年以上続いた内戦で多くの学校が破壊されました。また、多数の教師が殺害、あるいは国外に流出し、教育を受ける機会が失われてしまいました。国の将来を担う子供たちが、より良い教育を受けられるよう、学校建設に加え、教員研修および地雷回避教育を行いました。

インド

インド

マザ-テレサ共労者会に乾パンを贈りました

ネパール

ネパール ネパール
  • 白内障患者の多いと言われるインド国境のナラヤニゾーンにおいて、眼病の治療および失明予防のためのプロジェクトを実施。
  • 日本から定期的に眼科医を派遣し、野外での眼科手術や治療を行うアイキャンプを実施。
  • 国境の町にあった小さな眼科病院を拠点として、病院の改築、医療技術移転、スタッフの育成を行い、2000年に自立。
  • 眼科の医療施設の無い国境の町ゴールに新しく眼科病院を建設。インフラ整備、機材の投入、医療技術移転、マネージメントスタッフの育成に努め、地域で信頼される眼科病院として、経済的にも自立を果たしました。

バングラデシュ

バングラデシュ バングラデシュ
  • 農村地域の自立を支援するため、学校を建設、識字教育を行いました。未就学の子供たちだけでなく、成人男女も学びました。また、学校の足を確保するために、4WDの車両を贈呈。
  • またサイクロンや洪水の被害を受けた地域に、教育施設、井戸、給水施設、医療機械などを贈呈しました。

タイ

バンコクのクロントイスラムの子供たちに奨学金を支給。また児童図書館に本、映写機などを贈呈しました。その他、東北部のスリン県に井戸を建設、視力障害者の職業訓練用に電話交換機などを贈りました。

カンボジア

カンボジア カンボジア
  • 国境地帯の難民キャンプに診療所を建設、医療品を贈りました。
  • ポルポト時代に破壊された教育システムの復興のため、教育省に対して教科書印刷を行うための印刷機材や資材を寄贈。合わせて印刷技術指導を実施しました。
  • 結核研究所にレントゲン、予防接種プログラム用に車両を寄贈。さらに病院に浄水施設を設置。
  • カンダルストゥン郡において、医療・保健に係わるプロジェクトを実施。機能を失った病院の病棟建設、機材投入、医療技術移転を行いました。また、飲料水供給事業として、井戸建設と同時に、技術者の育成も行いました。さらに、村での保健活動を展開し、母親グループを中心とした住民グループを育成、住民自ら問題解決ができるようになりました。

ベトナム

ベトナム

ホーチミン市の病院に超音波診断装置、薬品など贈呈。また、障害児施設に車いすを贈りました。戦争で使われた枯葉剤などの影響でベトナムにはたくさんの障害児がいました。

フィリピン

フィリピン フィリピン
  • ユニセフ、マザ-テレサ共労者会などに車いすを贈呈。
  • ミンドロ島に住むハンセン氏病患者に食糧、医薬品を贈呈。
  • 砂糖価格の暴落により打撃を受けたネグロス島に飢餓が発生、粉ミルク、乾パンなどを贈るとともに、医師・看護士を派遣しました。
  • マニラのスラムにおいて乳幼児予防接種を実施。また、コミュニティ・センターを設置し、5,000家族を対象に、保健医療、保育園の運営、教育、職業訓練、生活向上などの活動を実施しました。
  • ピナツボ火山噴火による被災民に対して救援活動を実施。地元にキャンプを設置して、医療、住宅資材の提供、栄養失調児への給食活動を行いました。さらに住民の自立につながるよう識字教育、生活向上活動を実施しました。

中国

上海のリハビリ施設に筋ジストロフィ-症治療のためのリハビリ浴槽を贈呈。また、元満州と呼ばれた黒龍江省にCTスキャナーを贈り、担当医師の訪日研修も合わせて実施しました。

韓国

日本で原爆に被爆した在韓被爆者のために、入院治療費を援助しました。

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